2018年06月15日

刀剣と社会の関係について

基本的に日本刀の歴史は、天皇公家と武家の関係で見れば整理がつきます。
この概説は会合の時にでも。

もう一点、北山東山文化、安土桃山文化、元禄文化と刀剣文化もリンクしますが、同時に戦乱や飢饉天災も起こっています。
平和な時代に優雅な文化が生まれるのではなく、権勢の象徴として視覚に訴える文化を作り上げたと考えるのが自然でしょう。奈良、平安、鎌倉時代の大仏も同様で、庶民に権力の所在をわかりやすく伝える目的があるようです。

課題は江戸時代で、元禄時代から幕府の肝いりで名刀復興事業が行われました。
この時代は、江戸に商業が発達集中し、社会の主役が武家から商家(民衆)に変わります。
その後幕末へ向けて、水心子正秀という刀工が室町以前(筆者の解釈)の刀剣に立ち戻ろうと、「復古刀」運動を提唱しました。ところが武家の経済がひっ迫して注文がないのが実情と考えています。
代わりに商人が文化支援の一環として刀剣も注文します。

幕末の名刀リストから注文銘を探しましたが、藩士の注文に応じた刀剣もあります。
ただ、およそ上級藩士に見当たらない、商人と思われる注文銘も多く作られています。
江戸幕府は、二尺を超える刀は武士に限ることを原則にしていました。商人の注文銘は短い脇差に限られるはずですが、刀にも商人らしき名が散見されます。もちろん注文銘のない刀が大半です。
歴史家ではないので、いずれ資料をあたる必要があるのですが、当時の状況から考えれば、目録に「腰物一式」などの表現で、袖の下を用いて商人へ納品できたはずです。
幕府とほとんどの藩が財政危機に瀕していた時代、藩士の注文には割安で納品し、商人には彫り身や華美な太刀拵えを作って高額で売る。名工はこの利益で弟子を雇い作刀を続けたと思われます。
この根拠のない想像を肉付けするため、多方面の勉強を続ける必要があります。
会合で、いろいろな分野の話を聞いてヒントを得たいと思います。
posted by f-dento at 15:00| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月08日

刀剣の時代について

下記のページに文を記しています。
論文風ですが、関心のある方は目を通してみてください。
https://blogs.yahoo.co.jp/koumeimm4555/42388844.html
posted by f-dento at 10:13| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする